人と話してていつも思うことのひとつに
物事の原因を自分に求める人と自分以外に求める人の2種類の人間が
存在するということがある。
簡単な例えでいくと
約束に遅れた。遅れたのは渋滞のせいなのか渋滞が起こるであろう予測はできていた
にもかかわらずそれに対応した行動を起こしてない自分のせいなのか。
上司に叱られた。叱られたのは上司の性格や機嫌が悪いせいなのか自分のミスの
せいなのか。
風邪を引いた。人からうつされたのか自分が体調管理や予防を怠ったからなのか。
太った。年で代謝機能が落ちてるのでしょうがないのか自分が体型維持に関する努力を
していないせいなのか。
何をしても裏目に出る。運が悪いのか表裏を見極める自分の眼力が不足しているのか。
こんなことは1日に何度も出合うことだし書き出せばきりがない。
さて、ごく一部の例ではあるが上の状況を改善して快適な人生を築き上げるにはどこを
直せばいいのだろうか?渋滞を防ぐ?上司の性格と機嫌を直す?自分の周りの人が
風邪引かないように見張る?年取らないようにする?運を良くする?
中には不可能でないものも有りそうだけど手間と時間、お金がかかるし効果の程は
不明である。対してもうひとつの選択肢、原因を自分に見出す思考パターンを
身につけるとどうだろうか?手間も時間もお金もかからず効果も少なからず見込めそうだ。
その上周りから「良い人」に見られるという副作用もある。少なくとも私がそういう人を
見たらものすごく男前(女前も含む・・・)に見える!
ただ自分の為にやってるだけなのにね(笑)
まさしく「情けは人の為ならず」ですな・・・・いや、微妙に違うような気もしますな・・・・
ニュアンスは同じということで・・・・
こうして原因を自分に見出し改善し進んで行き、自分の根や幹を成長させていくと
人の数だけある正論という葉から得た養分の中で客観的に自分を見極めいろいろな形で
吸収することもできるようになり、より(自分ではなく周りに)不満のない自分に
近づけ、快適な人生を築き上げることができるのだと思う。
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